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教師はサブカルを語らず、学習者から学べ!

藤本 かおる(ふじもと かおる)

世界の中心で叫びたくはないが、私は腐女子(注1)である。いつから自分が腐っていたか記憶は定かでなく、BL(注2)がまだ“やおい(注3)”と言われていた小学校高学年の頃には、すでにやおい好きだった。友達がかっこいい先輩や同級生との甘酸っぱい初恋を夢見ている頃、私の興味関心は、すでにすっかり禁断のソドム(注4)の中にあったし、現在では貴腐人(注5)と言っても差し支えないと思う。

 

日本語学習者にはアニメマンガ好きが多いと言われる。そのため、日本語教育でもサブカルを扱った方がいいという声も多いし、学習者のニーズも高い。また、海外の教育機関ではサブカルを教えてほしいという要望もあると聞く。しかし、「語学教師」が「サブカル」を教えるべきなのだろうか? いや、教えられるのだろうか?

 

アニメマンガ好きにも、いくつかの段階がある。『ナルト』『ブリーチ』、最近では『ワンピース』や『デスノート』、『進撃の巨人』などは、オタクでない日本人でも読んでいる人は多く、これらが好きな学習者は、その多くがライトなファンだと言えるだろう。また、子供のころ、私たちが日常でなんとなくマンガやアニメを見ていたように、小さいころから日本のアニメやマンガが身近にあったという学習者も多い。彼らもまた、ライトなファンだ。しかし、ライトなファンにとってアニメやマンガは残念ながらちょっとした楽しみのためだけで、日本語学習のモチベーションを強力に高める起爆剤になるとは言いがたい。このことは、日々学習者に接している教師であれば実感するところがあるのではないだろうか。

 

日本語教育でサブカルを教師が扱う場合、ライトなファンばかりだったらいいが、中にはガチでコアなファンが混ざっていることがあり、そこが難しいと思う。教師が小手先で話すサブカルの話題など、彼らにしてみれば箸にも棒にも掛からない。なぜなら、彼らの知識の方が豊富だから。私も、英語教師がちょっと聞きかじったBLを授業で取り上げて表面的なことしか話をしなかったとしたら、「先生はBLのことを何もわかってなーーーーーーい!」とやる気がダダ下がりすること間違いなしである。

 

また、特定領域に強くこだわりのある学習者であればあるほど、彼らが熱狂する作品やアーティストなどは、他者に気軽に話せなくなるようなものであることも多い。中には日本人の90%以上が聞いたこともないような作品が好きだという学習者もいる。女子学生がいるなかで、「触手がたまらん!」とか「やっぱり例の紐に萌える!」とかを明言できる男子学生は、なかなかいないだろう(上記2つについては解説自粛、興味のある人はググってください)。そこまででなくても、『ひぐらしのなく頃に』など残虐なシーンの多いアニメやマンガが好きな学生は男女とも多く、それを授業で取り上げてくれとは、言いづらいだろうなとも思う。

 

ファン友を作るタイプでもないので、私もこれまでは1人ひっそり腐った世界を愛でていた。実際、自分が腐女子であると大っぴらに言うようになったのは、それがキャラとして今の仕事に生かせると踏んだからで、ごく最近になってからだ。教師に対して、教師自身も学習者も、ステレオタイプを持っていないだろうか? 教師も一人の人間である。まじめなだけじゃない、ちょっとヤンキーっぽい人、チャラい人、乙女な人、こだわりが半端じゃない人、不思議ちゃん…etc.。日本語教師になるまでの経歴もそれこそ千差万別。そのことは、人としての魅力に通じるし教師としての特色になる。「先生なのに腐女子?」と、学習者によって喜んだり、呆れたり。でもそれは、たくさんいる教師の中で、「フジモト先生」として学習者の中で自分を色づかせることができる重要なファクターになると思う。人間だもの、腐ってたっていいじゃない!!

と、話がなんだかそれてしまいましたが…。

 

では、日本語教育の中でサブカルは授業で扱わない方がいいのか。

 

私自身が若干のオタク気質を持っているという話をしてきたが、同時に私は英語が苦手である。自身が所属する学部の1つの学科では、学生の卒業要件にTOEIC600点を課しているが、「あらどうしよう大変、先生が卒業できない!」くらいに残念な英語レベルだ。しかし、先日初音ミク(注6)を研究しているイギリス人研究者と会食をした折、腐女子の生態について英語で語るという体験をした。さすが、初音ミクを研究するだけあって、彼は日本のやおい文化についても知識があり、実際の腐女子に興味を持ったようである。そこで私は、つたない英語で腐女子の実態を熱く熱~く語った!

 

日本語教師の中には、子供のころから全くマンガを読んでこなかった方もいると思う。また、学生に人気のある作品の魅力が全く理解できない方もいると思う。それはそれで構わないのではないだろうか。教師が、「サブカルを学習者に教える」ことは、日本語教育の中では重要ではなく、サブカルを触媒に学習者が日本語で何かを形にすること、そんなことを授業に組み込んでいけたら、学習者だけでなく教師もきっと楽しいはず。そういえば私もオンライン英会話で、デビュー当時からずっと追っかけているPerfumeについて熱く語るために、ものすごく真剣になったことがある。Perfumeの魅力を正しく伝えるために、どんな語彙や文法を使って、どういう言い回しで話せばいいのか、いまだかつてないほど集中して英作文に取り組んだ(笑)。

 

自分が好きなことは、自分以外の誰かに教えられたくない。でも、誰かに伝えたい。そんな複雑な心理がファンにはある。「教室では教師が教える」という既存の型を取り払い、教師が学習者からサブカルを学ぶクラスがあってもいいと思う。そんなクラスで、私は英語を勉強したい(笑)。

​《注]

注1:BLの女性愛好者。男性のBL愛好者は腐男子という。

注2:ボーイズラブの略。男性同士の恋愛を描くマンガや小説のこと。

注3:注2と同じ意味で使われることが多いが、やおい→BLと最近ではBLを使うことが多い。

注4:旧約聖書に登場する背徳の都市の名前。同性愛が大っぴらに行なわれていたとされる。

注5:高齢になってもBLを愛好する女性。

注6:日本が誇るボーカロイド(ボーカル・アンドロイド)。紅白にも出演したことがある。

(2017.03.01)

注1
注2
注3
注4
注5
注6
アンカー 1
アンカー 2
アンカー 3

《プロフィール》

武蔵野大学グローバル学部日本語コミュニケーション学科准教授

首都大学東京人文科学研究科博士後期課程単位満了退学 修士(文学)

ファッションデザイナー、エジプトでの旅行ガイド経験を経て、日本語教育の世界へ。放送大学に編入したことにより、遠隔教育について興味を持ち、それが高じてeラーニングオタクに。別方面でもオタク気質で、現在は、それを授業に生かすべく奮闘中。

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