top of page

       15

420時間日本語教師養成講座の現状と今後の課題

 

新山 忠和(にいやま ただかず)

■ 養成講座のこれまで

 420時間の日本語教師養成講座(以下、養成講座)が生まれたきっかけは、1983年の「留学生受入れ10万人計画」です。養成講座はそれ以前から存在していましたが、日本語教師養成における教育内容・水準の基準を明確化するために、1985年に「日本語教員養成のための標準的な教育内容」が示されました。その中で、一般の日本語教師養成機関の時間数として、大学学部の日本語教育副専攻課程の単位数26単位を時間に換算して420時間がはじき出されました。こうして養成講座の教育の質の均質化が図られ、1986年に始まった日本語教育能力検定試験も、養成講座の教育内容に波及効果を及ぼしました。

 その後、例えば1990年の改正入管法施行にともなう日系人の増加のように、日本語教育を取り巻く環境が時とともに変化し、言語教育に対する考え方も、教師主導のトレーニング的なものから学習者中心のコミュニケーション教育へ移行しました。そこには、言語習得理論、言語を取り巻く社会のありよう、異文化理解、学習者心理、言語や非言語のコミュニケーションなどなど様々な知見が絡み、日本語教師養成についても、2000年には「日本語教員養成において必要とされる教育内容」、いわゆる、新シラバスが策定されました。1985年当時の言語中心の教育内容から3領域5区分という幅広く膨大なものが示され、各養成機関はその中から任意で内容を抽出し、カリキュラムを組めばよいという柔軟な形になりました。

 それからまた20年近い時が流れ、この間、能力記述(Can-do statements)の考え方も広まり、学習者を何ができるように導くのか、授業の中身とともに、授業の目標をより明確化する方向も広がりを見せてきました。養成講座でもそうした動きを捉えつつ、それらを420時間の枠内に盛り込み展開しています。

 

■ きっかけは養成講座

 420時間の養成講座は、高校卒業程度以上の、日本語教育について一切学んだことのない人でも、日本語教育の現場で最低限必要とされる実践的な日本語教授技術能力が習得できることを目標としており、日本語教育能力検定試験の合格も視野に入れて構成されています。

 通学コースなら、どこの講座もおおむね半年から1年で修了でき、平日の他、週末開講のところもあって、年齢的にはシニア層から若年層まで、そして平日仕事をしている人や主婦層等、年齢も立場も様々な人たちが学んでいます。講座によって修了要件は異なりますが、どんな人でも気軽に学べます。

 修了生の出口は国内外にあり、現場は極めて多様です。修了後、国内外でプロの日本語教師になる人、地域の日本語支援に携わる人、日本語支援を始めとして様々なサービスを提供するソーシャルビジネスを立ち上げて活動する人、フリーランスでビジネス日本語を教える人、教材や書籍の出版に携わる人、国内外の現場で経験した後、研究テーマを見出し、大学院で学位を取得して実践と研究の道を歩む人、など色々です。そう考えると、養成講座は様々な方向につながるきっかけを提供していると言えます。

 

■ 日本語教師が足りない!

 私自身が養成講座に通っていた1995年当時は「日本語教師就職氷河期」でした。ところが今は全く違います。少子高齢化の影響で、あらゆる業種で人手不足が顕在化していますが、日本語教育界も同様です。国内外で日本語学習者は増加傾向ですが、教師の供給が追いつきません。国内の日本語教育の状況については、文化庁から毎年「国内の日本語教育の概要」が公開されます。調査票回収数が実態よりも少ないため,公開されている数値も実態より低い数値ですが、「大学等機関」と「法務省告示機関」で学ぶ日本語学習者数を教師数で割り、教師一人当たりの学習者数を計算すると、2011年から2014年まで順に7.2、7.5、8.3、9.7と、数値が上昇しており、学習者数の増加に教師数の増加が追いついていないということがわかります。実際、ネット上にも求人情報が溢れ、募集締め切り後もそのまま掲載されているケースが少なくありません。

 

■ 養成講座を取り巻く現状と今後の課題

 日本国内には500を超える日本語学校があり、留学生数の増加を受けて、ここ数年、既存校では定員増が相次ぎ、新設校も毎年数十校のペースで増えています。日本語教師の需要は高まる一方ですが、供給源である養成講座の受講生数は全体で伸び悩んでいます。

 需要と供給がアンバランスになると、様々な弊害が懸念されます。採用の敷居を低くして、結果的に質の低下を招くということは容易に想像がつきます。また、養成講座には、監督官庁がありません。現在、講座の開設に許認可制度はなく、講座自体の品質管理は個々の機関に任されています。それだけに、養成講座を運営する側は常に襟元を正していなければなりませんが、現在のような状況が続くと、誇大宣伝を掲げる養成講座や、怪しい修了証書が横行したり、日本語教育現場の健全な運営が損なわれたりする危険性も実ははらんでいるのです。

 国内ばかりでなく、JICAや国際交流基金からの海外派遣も応募が年々減っており,派遣教師の確保が難しくなっています。海外でも日本語教師が不足する状況が続くと、日本語の普及にも悪影響を及ぼし、国益を損ないかねません。

 日本語学習者の多様化が叫ばれて久しく、教師の側にも多様性が求められます。いわゆる新シラバスは、個々の機関が任意に講座を構成することを許容するものですから、特色ある講座展開も可能です。受講形態も、オンラインでの講座展開や、集合形式でないe-learningによる受講の在り方等、更に普及すれば、養成講座の受講生数の増加や、海外の日本語非母語話者の日本語教師の能力向上等様々な可能性も期待できます。ただ、適切なコントロールの下での柔軟性が望まれるという認識も必要だと思います。

参考Webサイト:

文部科学省 「日本語教員の養成等について」の送付について

文部科学省「日本語教育のための教員養成について(報告)(抄)

文化庁 平成26年度国内の日本語教育の概要

独立行政法人 国際交流基金「日本語教育機関調査」

(2016.8.1)


《プロフィール》

千駄ヶ谷日本語教育研究所 教育研究企画部部長。鹿児島生まれ。楽器メーカーから転職。養成講座を受講し、非常勤の日本語教師から専任になり、海外でも教え、今は養成講座での授業、教材やテスト開発、日本語学校の学生募集、地域の日本語教室のお手伝いや国内・海外での講演等の他、本務校のスタッフ業務などなど、忙しくも充実した毎日です。学会等で養成講座の修了生に会うと、「新山先生、まだ千駄ヶ谷にいらっしゃるんですか?」と、よく聞かれます。振り返ると、養成講座で授業を担当するようになって18年。指導した修了生が大学教授になっているのも頷けます。

bottom of page