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日本語の出版と農業

 

新城 宏治 (しんじょう こうじ)

 

 

 市場調査を専門にする矢野経済研究所という会社がある。私も毎年、ここから出される年次の「語学ビジネス」のレポートをよく参考にしているが、513ページもある中で、日本語教育という言葉が出てくるのは、わずか5カ所だけだった。そのほとんどが英語教育についての記述である。日本語は他の言語と比べて、どのぐらいの市場があるのだろうか。各国語のシェアの目安を簡単に付けるには、大きい書店の語学書売り場に行ってみるといい。書店も商売なので、基本的には売上の大きい本を多く陳列する。そのため、語学ごとの棚の数を見れば、おおよその各語学のシェアが見えてくる。日本語教育はどうだろうか。大都市の大型チェーン店に行けばそれなりに教科書や問題集が揃っていたりもするが、一通り見比べられるぐらいの品ぞろえがある店は数少ない。私はこれまで、日本語と英語の双方の本をいろいろと制作してきたが、どうも日本語と英語の書籍には、結構な違いがあるような気がする。確たるデータはないのだが、以下、私の持っているイメージである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外国人向けの日本語の本は安いのではないかと思われる方もいると思うが、日本語教師向けの本を含めて考えると、競争が激しい英語の本と比べて単価は若干上がるように思う。市場規模が小さいため日本語の本は一度にドカンとたくさん作ることはできないが、小まめに手を入れていくことで、一つの商品を長く販売していくことは可能だ。ただ資金回収には比較的時間がかかるので、新規参入はなかなか難しい。そのため、ここ20年ぐらいを振り返っても、日本語教育に関わる出版社の数は大きく変動していない(かかわる人の顔ぶれもあまり変わっていないような……)。

 少々話が飛躍するかもしれないが、私には以前から、英語の本と日本語の本に、あるイメージを持っている。もちろん例外もあるのだが、英語の本は多くの漁船が行き交う大海原で網をかけて大漁を狙う「漁業」、日本語の本は丹精込めて土から田圃を作り手入れを怠らず秋に実りをもたらす「農業」のイメージなのだ。

 もしそうだとすれば「秋の実り」を大きくするにはどうしたらいいのだろうか。日本語学校の学生数の増減(天候の具合?)は我々の力ではどうしようもないが、例えば、農地の大規模化や集約化、TPP、担い手の高齢化や後継者問題など、日本の農業の問題と日本語の出版業界に関わる問題とが何となく重なって見えてしまうのは、単なる偶然ではないのかもしれない。

 その一方で、日本の農業の未来を語る時、特定地域の農産物のブランド化、海外への輸出促進、他の産業との連携などを模索する動きもよく聞く。このあたりに、日本語の出版業界の未来の可能性も見えてくるのかもしれない。

 そういえば千葉の知り合いで、先祖代々の田んぼを売り払って漁船を買って、農業から漁業に転向した人がいた。彼がその後どうなったか、まったく消息を聞いていない。元気でいてくれるといいのだが。

 

(2016.2.1)

 

 

《プロフィール》

株式会社アルク取締役・出版教育事業本部本部長。25年にわたり出版教育業界にかかわる。日本語教育や英語以外にも、中国語や韓国語などの本も編集経験あり。お酒を呑むことが好き。

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