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日本のファンを増やし、多文化共生社会を目指す

新たな試み:日本語パートナーズ

 

登里 民子 (のぼりざと たみこ)

 

 

 安倍政権が推進する「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うアジア~」の一環として、国際交流基金では2014年から7カ年計画で「日本語パートナーズ(以下NP)」派遣事業を実施しています。これは日本人をティーチング・アシスタントとして、ASEAN10カ国の高校などの教育機関へ派遣する事業です。NPの採用に際しては日本語教育の知識や経験は問われません。日本は1987年に始まったJETプログラム [注1]により、米国などから多くの若者をALT [注2]として小中高等学校に受け入れてきましたが、逆に教師ではない数千人規模の日本人が海外の公教育に携わるNP事業は、我が国にとって初の試みです。

 日本人英語教師とALTとの協働には「言語の壁や文化の壁」(上原・フーゲンブーム, 2009)があると指摘されていますが、一方で、ALTの存在は生徒の学習意欲や学習成果、特に聴解能力によい影響を与えることが示唆されています(上垣, 2004)。東南アジアに派遣されたNPたちも、ALTと同様にさまざまな異文化の壁に直面しながら、日々、現地の日本語教師と協働し、また地域の人々と交流しています。

 先日、インドネシア派遣NPの帰国報告会が開かれました。5カ月間という短い派遣期間にもかかわらず、特に大学生NPたちの顔つきや話し方がものすごく大人っぽくなったことに職員一同驚き、「我々はこんなに人を変えるプログラムに携わっているんだ。じ~ん」と感動しました。ここでは帰国報告会を通じて改めて考えた、NP事業の現在とその方向性について書きたいと思います。

 

 まず、NPがインドネシアの高校に与えた影響について。「生徒が積極的に日本語で話すようになった」「授業中、生徒が必ず1回は質問するようになった」「NPの赴任がきっかけで、学校に日本クラブができたり、日本語履修クラスが増えたりした」「他教科の教師や学校職員も日本に関心を持つようになった」等の嬉しい報告がたくさんありました。その一方で「生徒の日本語能力を上げることはできなかった」という報告も。NPには赴任前に「NPのミッションは生徒の学習意欲を引き出し、日本のファンを増やすこと」とお伝えしていますが、いざ教室に入ると、真面目な方ほどやっぱり生徒の日本語の間違いが気になってしまうようです。今後、否定的な意見も含めて、NP事業の成果をより実証的に検証していく必要があるでしょう。

 

 次に派遣を通じたNP自身の変化について、いずれも大学生による印象的な報告を3件ご紹介します。

 

Aさん

「ISの影響もあってイスラム教は怖いと思っていたけれど、インドネシアの人々は穏やかで、イスラムに対するイメージが変わった。これからは自分の目で見たインドネシアを周囲の人々に伝えていきたい」

 

 マスメディアを通して知っていたインドネシアと、自分の目で見たそれはかなり違っていたようです。逆に言えば、マスメディアを通すと、多くの情報が途中で抜け落ち、良くも悪くも1つのイメージで捉えられがちになるのかもしれません。

 IT時代だからこそ、ソーシャルメディアを活かした草の根レベルの情報発信が重要になります。数多くの人々が直接「異文化」と触れ、それを発信し合うことで、お互いの国の多様性が伝わり、顔が見える民間交流の輪が広がるのだと思います。

 

Bさん

「高校生の成長の場に立ち会えて良かった。今までは自分の欲求を満たすために動いていたけれど、NP活動では人に喜ばれ、求められることにやりがいを感じた。卒業後、何に重点を置いて働くべきか考えるきっかけになった」

 

 Bさんは以前、インドネシアの大学に留学経験がありますが、留学とNP活動とはかなり違っていたようです。Bさんは将来インドネシアで働きたいそうです。Bさんのように、東南アジアを舞台に働きたいと考える人にとって、現地教師や学校職員との協働体験は絶好のシミュレーションとなるでしょう。

 

Cさん

「現地の生活はいろいろ大変だったが、近所の人達が声をかけてくれ、助けてくれて嬉しかった。と同時に自分自身、日本ではマイノリティーに対する配慮に欠けていたことに気づいた。今後は近隣の外国人に自分から声をかけ、手助けしていきたい」

 

 日本に滞在する外国人の増加に伴い、地域日本語教育の重要性はますます高まっていますが、現実の日本社会はマイノリティーに対する理解や配慮が十分とは言えません。杉澤(2012)は地域日本語教室の危険性として「無意識のうちにマジョリティーである日本人ボランティアが、教える側という強者の立場から日本社会への同化を強いている可能性」(p.11)を指摘しています。Cさんのようなマインドを持つ方々が将来、地域日本語教育を担ってくださることを期待しています。

 

 NP事業が始まって2年が経過しました。私自身、最初の頃は無我夢中で、この事業の意義や波及効果について深く考える暇もありませんでした(スミマセン!)が、今回の報告会を通じて「ソトで日本のファンを増やすと同時に、多文化共生社会(=ウチの国際化)を目指す事業」であることを改めて実感しました。今後、海外とあまり縁のなかった方や地方在住の方から、多くのNPが誕生することを願っています。

 

《注》

[1] JETプログラム:The Japan Exchange and Teaching Programme

[2] ALT: Assistant Language Teacher

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参考文献:

上垣宗明(2004)「学生の意識と学習成果に与えるALTの効果」『神戸市立工業高等専門学校研究紀要』42, 85-90

上原景子、レイモンドB.フーゲンブーム(2009)「『日本人教師』と『英語を母語とするALT』とのティーム・ティーチング:異言語間・異文化間の意思疎通における課題」『群馬大学教育実践研究 別刷』26, 77-88

杉澤経子(2012)「地域日本語教育分野におけるコーディネーターの専門性-多文化社会コーディネーターの視座から-」『シリーズ多言語・多文化協働実践研究』15, 6-25

 

(2016.5.2)

 

 

《プロフィール》

(独)国際交流基金アジアセンター日本語教育専門員。

お茶の水女子大学修士課程修了。国際交流基金日本語教育派遣専門家として香港・マレーシア・インドネシアで計7年、日本語教育支援に携わる。1999年から国際交流基金関西国際センターで図書館司書や、EPAで来日する看護師・介護福祉士候補者等を対象とする専門日本語教育に従事。2014年からはアジアセンターで、東南アジアに派遣される「日本語パートナーズ」の派遣前研修、派遣中のサポート、現地調査等を担当している。共著書に『図書館のしごと―よりよい利用をサポートするために―』(2013年, 読書工房)などがある。

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