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未来を担う子どもたちとともに

―「多文化環境は楽しい!」と思える地域づくりを目指して―

 

吉田 千春(よしだ ちはる)

 

 私は大学で留学生に日本語を教える仕事をしてきましたが、出産・育児をきっかけに、「多文化共生の子育て」の活動をする団体「イクリスせたがや」を立ち上げました。

 

もくじ

1. 活動を始めたきっかけ

2. 「イクリスせたがや」の立ち上げ

3. 「イクリスせたがや」の活動

4. 「イクリスせたがや」の活動デザイン

5. 今後の活動に向けて

 

1. 活動を始めたきっかけ

 出産をして思ったことは「外国から来たママ・パパが日本で子育てするのは大変!」ということでした。私自身、最初は授乳、離乳食など初めてのことばかりで戸惑うことが多く、児童館などで知り合った近所のママ友・パパ友との交流が心の支えとなっていました。今思えば、何でも相談できるママ友・パパ友と毎日のように集まれる場が近くにあったおかげで、楽しく子育てができたのだと思います。また、妊娠、出産を通して、例えばエレベーターがない場所の不便さなどを体験し、自分がマイノリティーになったように感じました。

 日本で育ち、家族が近くに住んでいる私でも大変なのだから、言葉や文化背景が異なり、自分の家族のサポートがないママ・パパたちはどれだけ大変なのだろうと実態を知りたくなりました。

2. 「イクリスせたがや」の立ち上げ

 子どもが8か月のとき、大学院の博士後期課程に入学しました。山脇啓造先生の「多文化共生論」という授業で、偶然、子育て中のママがクラスメートにいたことから、外国のママたちの子育ての大変さについて意気投合しました。そして、山脇先生にアドバイザーとなっていただき、1か月後(2014年)に2人で「イクリス(Intercultural Child-Rearing Information:多文化共生子育て情報局)」を立ち上げました。イクリスは今まで多文化共生の分野であまり取り上げられてこなかった「妊娠中から就学前の子育て期」に焦点を当て、子育て当事者、行政職員、研究者などと幅広く交流しながら「多様な言語・文化背景を持つ保護者が子育てを通じて対話・協働できるコミュニティづくり」と「誰もが子育てしやすいまちづくり」を目標に活動を行っています。現在は3人で、それぞれが住んでいる地域で「イクリスせたがや」「イクリスしんじゅく」「イクリスいちかわ」を立ち上げ、姉妹団体として協力しながら、地域の特性に合わせて活動を行っています。

 

3. 「イクリスせたがや」の活動

 私が代表をしている「イクリスせたがや」は、主に次の4つの活動を行っています。

 

(1)多様な子育て家族がつながる場づくり

 「場づくり」は、「イクリスせたがや」の中心的な活動です。世田谷区の助成 [注1]を受け、地域に顔見知りをつくることを目的に、親子で参加する様々なイベントを行っています(詳しくは、こちら)。広報活動をしたり、様々な団体(例えば、食育専門のNPO、楽団など)とコラボレーションをすることで、「多文化共生の子育て」の活動に興味を持ってもらいたいと考えています。2016年度は、年2回の大規模な多文化共生ファミリー交流イベントに加え、交流の深化を目指し、小規模の多言語絵本の読み聞かせ会(グローバルえほんクラブ )[注2]をシリーズで実施する予定です。また、助成金の申請をしたことや助産師さんに広報をしたことにより、世田谷区の乳幼児健診の場などに、「イクリスせたがや」の活動パンフレットを置いてもらえるようになりました。

 

(2)研究

 イベントなどの活動(実践)を深め、自分たちの知識や経験を深める場として、研究活動も大切にしています。また、多文化共生、幼児教育、言語教育などの関係分野の専門家と意見交換を行うため、学会発表をしたりセミナーに参加するなどして、積極的にアウトプットや交流を行うように心がけています。

 2015年度からは「就学前の言語教育」に焦点を当てて、外国籍のママたちを中心にインタビュー調査を行っています [注3][注4]。就学前は、言語の習得に非常に重要な時期であるにも関わらず、問題が見えにくい時期でもあるため、この時期の教育の大切さが忘れられがちです。今後は、国際家族においては、0歳からの言語教育を社会的な課題として取り上げる必要があると考えています。

 

(3)ワークショップ

 活動と研究を結ぶ場として、就学前の子育て家族を対象に、ワークショップを実施しています。2015年度は、上記の研究と連動して、「家庭の言語教育」をテーマにワークショップを行いました。研究成果を専門家のみに発信することで終わらせずに、一般向けにも情報提供し、今後の活動や課題を専門家と当事者が一緒に考える場を目指しています。

 

(4)フォーラム(イクリス共通)

 イクリスの立ち上げ当初から、活動を報告する場として、年に一度、イクリス3団体で「多文化共生子育てフォーラム」を開催しています。フォーラムの開催は1年間の活動を省察する場でもあり、新たな実践を生み出す場にもなっています。また、参加者として、同様の活動を行っている団体、行政の担当者、研究者、子育て当事者を招待しています。フォーラムは、イクリスの活動を発信し、専門家や多様な関係者をつなぐ場としての役割も果たしています。

 

4. 「イクリスせたがや」の活動デザイン

 上に挙げた現在行っている4つの活動をまとめると、次の図のようになります。

アンカー注2
アンカー注1
アンカー注3,4
目次1
目次2
目次3
目次4

 オルポート(1968)は社会の多様な構成員が肯定的に「異文化接触」するための条件として次の4つ([1]~[4])を挙げています。「イクリスせたがや」はこれを参考にしながら、現在、「親密な接触」をいかに生み出せるかを模索しています。

目次5

5. 今後の活動に向けて

 地域の中で多文化共生を育む第一歩として最も重要だと思うのは、子どもも親も「楽しい!」と思える場をつくり、その思いを共有することだと思います。子ども時代に、多様な背景を持つ人とのコミュニケーションが当たり前の環境をつくり、「多様な人がいる環境はおもしろい!」という経験を積み重ねることが、今後の多文化共生社会をつくる大きな基盤になるのではないかと思います。

 また、妊娠、出産、子育て中の人やその家族は、親になった責任を持つとともに、自分たちが社会的な不便さを体験することで、社会問題や、マイノリティーへの対応に気づきが生まれやすく、マイノリティーとしての外国人への理解につながりやすいのではないでしょうか。子どもだけではなく、親も多様な言語、文化背景を持った人が地域に存在することを知り、自然にママ友・パパ友になる機会をつくることが重要です。

 まだ始まったばかりの活動ですが、今後も「子育て当事者」、「日本語教育の実践者」、「異文化間教育の研究者」としての視点を活かし、実践と研究を行き来しながら多様な人とつながり、多様性がプラスになる社会を目指して楽しい活動を続けていきたいと考えています。

《注》
[注1] 2014年度、2015年度世田谷区国際平和交流基金助成  [本文に戻る​]
[注2] 2016年度世田谷区子ども基金助成を受けています。  [本文に戻る​]
[注3] ゴロウィナ・クセーニャさん(イクリスせたがや副代表。東京大学教養学部グローバルコミュニケーション研究センター講師。)との共同研究。  [本文に戻る]
[注4] この研究は日本学術振興会研究助成金 基盤研究(C)「地方自治体による外国人主体の支援モデル『外国人人材育成講座』の試み」の一部として行われています。  [本文に戻る]

 

参考文献:
G.W オルポート​/原谷達夫​・野村昭(訳)(1968)『偏見の心理』培風館

(2016.7.1)


《プロフィール》
イクリスせたがや代表。二児の母。タマサート大学(タイ)、神田外語大学留学生別科などで約10年間日本語教育に従事。現在、明治大学大学院国際日本学研究科博士後期課程在籍。現在の研究テーマは「多文化環境における混住寮の学び」。著書に『日本語でインターアクション』(凡人社)がある。

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